あしたの私に会いに来て…

いつかまたあなたに逢えるなら。その時はもっとステキな私で逢いたい。

私&大切な人たち

サヤカ

Author:サヤカ
26歳 会社員
B型
音楽をこよなく愛するケータイマニアです

何かございましたら
*メール:sayaka38ca@ヤフー*
もしくは鍵コメにて。

当ブログは無期限放置になりました。
お世話になった皆様、本当にありがとうございました。

今も私は、日々言葉を綴っています。
皆さんから貰った、たくさんの気持ちを胸に頑張ります☆

みんないつもありがとう♪

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1月2日。

2007年の秋
会社の先輩を海の事故で亡くし
高校生の時大好きだった人を突然死で亡くした。

あの時、神様はいないと思った。

それでも、
最後に頼る事ができるのは、神様だけで。

この冬も私は、神様を頼って祈りました。
見捨てないで欲しい、どうにか助けて欲しいと…

でも。

受け入れるどころかまだ受けとめきれてなくて
ここにいろんな事書いてしまうと涙が止まらなくなってしまうけど。


1月2日に、親友を亡くしました。


彼女と出逢って私の人生は大きく変わりました。

高校1年生の頃、テニス部に入っていながら
私は友達と毎日遊び歩いて全然部活に行かなかった。
そんな私を、部活に連れ戻してくれたのが彼女だった。
今でも何でかわからないままだけど、
部活に殆どいってなかった私と
ダブルス組んでみようって言ってくれた。

彼女は、中学校の時いつも大会で優勝してたくらい
相当ハイレベルな腕前だったんだ。
だからもっと、ペアとして相応しい人がいたはずなのに。

私は、そういう彼女と組む手前、さすがに練習に行かないわけにもいかず
毎日、陽が暮れるまで練習し、土日も返上でコートに通い続けた。

化粧してチャラチャラして、勉強もろくにしないで遊んでばかりいた私が
真っ黒に日焼けして、毎日汗だくになりながら必死に走り回るようになって
そのうち、意味がないなんて言って化粧すらしなくなった。
周りの友達も「さやかがおかしくなった!」ってゲラゲラ笑い出す始末。

元々相当レベルの高かった彼女のお陰もあって
私と彼女のペアは常にシードに名を連ね
何度も県でベスト4に入るほどになっていた。

一番の思い出は、今プロになって活躍してる、ある選手たちのペアと試合した時。
もちろん試合には負けてしまったけれど、その子に
「○○ちゃんとサヤカちゃんに今日は負けると思って焦ったー」
って試合の後に言われたっけ。
別世界にいる選手だと思っていたけど、その子にそんなふうに言ってもらえて
親友と一緒に頑張ってる事は確実に形になってきてるんだって実感した。

今でも、あの頃ほど1つの事を一生懸命やる事なんてない。

その後私と彼女は、同じ大学を目指して
再びペアを組む事を夢見たのだけど結局別々の大学に進学した。

でも、高校卒業するときに約束したの。
将来、就職で地元に帰って、またペア組もうって。
で、大会出まくってさ、優勝とかしちゃって
50歳になるころにはめっちゃ有名なおばちゃんペアになっとるかもよ!
そんな事も話したっけ。


だから私、彼女のいない大学でも
サークルではなくて体育会の硬式庭球部に入った。
少しでも、彼女に追いつかなきゃって思ってたから。

大学3年生になって、就職試験で面接受ける時
私がいつも面接官に話してたのは、
テニスでの失敗・挫折とその後の経験。

私のその経験に、最終面接してくれた常務が共感してくれて
晴れて私は今の会社に内定をもらう事ができました。

彼女に出逢わなければ、今の私は確実に有り得ないの。


彼女が病に倒れたと初めて聞いたのは、
ゼミの論文を書き始めた大学4年生の冬だった。

脳腫瘍だった。

でも、早期発見だったから手術で治って
彼女は見事復学して、長年の夢だった職業に就いた。

仕事を頑張る彼女を、再び病は襲ったけれど
彼女はまたしても、手術を受けて腫瘍に打ち勝った。


でも、11月半ば、3度目の発見になった。
後から聞いたけれど、もう手の施しようがなかったんだ。
おばちゃんも、おじちゃんも
たまたま研修医になって彼女を診る事になったテニス部の同級生も
誰一人と、彼女にその事実を伝えられなかった。

だって、いっつもね
「来年になったらまた仕事行かなきゃー」
「お正月くらいお酒飲んでいいか先生に聞こー」
そうやって、ほんの少し先の未来に夢を抱いてたから。

そんな彼女も、12月に入る頃には
抗癌剤の副作用で体はボロボロになって
1人でトイレにすら行けなくなったんだって。

それなのに、クリスマスには病室で
テニス部の別の同級生と一緒にケーキ食べながら
夏にみんなでディズニー行きたい!なんて話してたって

そんなさ、26歳として当たり前の、当たり前すぎる夢を
信じて疑わなかった彼女を
神様は助けてくれなかった。

年末に、彼女が意識不明になった事を聞かされた。
すぐにでも病院へ行きたかったけどどうしても行けずに
おばちゃんから「今はまだ落ち着いてるから大丈夫よ」と聞かされていたから
1/3用事が済んだらすぐに駆けつけようと思っていた。

でも。

1/2に容態が急変した。
生命維持装置に繋がれて、頑張ってくれてたんだけど

夜を待たずに、彼女は逝ってしまった。

生きて逢いたかった。
でも、もうこれ以上頑張れとも言えないと思った。

頑張りすぎだよ。

もう、頭痛にも、抗癌剤の副作用にも苦しまなくて済むよね?
今まで病院にばっかりいてうんざりしてるだろうし
これからは好きなだけテニスできるし仕事もできるよね?
そう思ったら、もう何も言えなかった。


私と彼女の、単純にまた一緒にテニスやりたいねって夢は
一度も叶う事なく、
卒業してたった8年間で途切れてしまって

今、私の心には
予想以上に、大きな大きな穴がぽっかりと
空いてしまっています。

呆然としすぎてるから
何だか他人事みたいにこうして書き綴る事ができるのかもしれない。
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